2019年11月20日

【11/20(水)】バラダギですよ〜っ

防衛お疲れさまです!
バラダギですよ〜っヾ(・ω・')ノ

アニメゴジラ三部作から、はや1年が経ってしまったんだなぁ…としみじみ感じてるこの頃です。改めてのアニメゴジラロス、とでも言いましょうか。

「シン・ゴジラ」の影響もあり空前の(?)といいますか、ゴジラブームというよりは「忘れ去られたコンテンツ」ということも無くなり、今のところは安定しているなぁーという。

アニメのゴジラは個人的にリアルタイムで物凄く考えさせられた作品で、「人間と怪獣(未知の生物)」、「人としての善悪」、「人間として生きること」、「勝ち負け、勝敗とは?」を上手く描いた作品だなぁと思うのです。

ちょっとアニゴジのお話をしますが、ネタバレあるかもなので見てない方はササーッと。流し見かスルーで。

一言で説明すればアニメのゴジラ三部作はゴジラ・メカゴジラ・モスラ・ギドラの擬人化映画だと思ってます。擬人化って言葉は個人的には好まない表現ですが、敢えてわかりやすく説明するとそうなるのかなぁ、と。

ゴジラは人間にもどの怪獣にも、何にも属さない、強いていえば地球に属す生物の頂点そのもの。怪獣王。地球環境が認めた支配者であるからこその王。

メカゴジラはナノメタルという自立思考金属体の集合体、地球外文明が生み出した悪魔。最終的には合理的主義者であるビルサルドとの結合を目論んだ、地球にとっての毒(支配者を目指したもの)

モスラは幾年もの歳月をかけて成り立ったフツアという見た目は人間、しかし昆虫に近しい種族を生み出し、産めよ増やせよ、生きるは勝ち、死ぬは負け。
ゴジラに対しても「憎しみ」や「争い」といった感情思考は持たない(平和と調和を願うもの)

ギドラは異次元(もしくは時間・名前という全ての概念の中にいる存在)から、全てを喰らい尽くす者。破壊からの無を生み出す存在。エクシフはギドラとの接触により高度な文明の発展と無意味を知ったが故に、文明の死を越えた先を見つけたからこそ、無を産み出そうとするもの(無から生まれた無限と破壊そのもの)

アニメゴジラは各々の種族・怪獣の「これが正しい、これがそのものの在り方」がぶつかり合うお話なのですよね。
勧善懲悪がわかりやすいのですが、改めてアニメのゴジラは話と各怪獣における立場の意味が深かった。

なぜメカゴジラは起動しなかったのか、なぜモスラはゴジラを倒す為に出てこなかったんだろうね?
とか、色んな意見を聞きますが、それもちゃんと各々の怪獣が「意味を成した存在」だからこその結果論なんだなぁ、と。

アニメゴジラ三部作を見終えて、「怪獣映画」に対して、自分はどういったところを観ているのか?という内面的なアプローチが心の写し鏡のようになっていて面白いなぁ、と思ったのです。

ゴジラが暴れるのがもっと見たかったー!
メカゴジラの変形が見たかったー!
モスラがもっと見たかったー!
ギドラの全体像はどの程度の大きさなのかー?

とか、想像といいますか、希望といいますか。
そういうお話も沢山聞きますが、私はこういう見方で物事を考える石頭(?)なので、観ながら考えて、主人公・ハルオの「これが人間として正しいこと」という手段を選択したことに思いっきり泣いて。

ゴジラで人間ドラマが出来るって改めて面白いなぁって思ったのですよね。
怪獣が出てくるのに、登場人物の動きがこんなにも気になるってこれまで無かったんですよね。

まぁ、要するに「アニメゴジラはいいぞ」。
これに尽きます(笑)

久しぶりに面倒臭いヲタクを発揮したところで!
本日もぷらんたんにてお待ちしてますよー!っと!
posted by ぷらんたん at 17:07 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする